"在り来たり伊予国"

まえがき

おおよそ五百年前。
伊予国の港町から始まります。
時代の記録は"Almost Wipeout"
現代まで膨大な時の潮流の中、
"残り続けた寓話"です。
嘉麻戸七(カマドナナ)。
彼女は渡りの歩荷人。
荷運びを生業としています。
とある日の運送から、
物語が始まります。

第一話        "むひいも、あひあとね"

文禄四年(1595)
──伊予国 長浜  秋の夕暮れ
関所の内、囲炉裏を囲んで番人たちが話している。夕方、少し冷え込んできた風のなか、彼らは火鉢に手をかざしながら、小声で続けた。「それにしても……あの御方、今日は珍しく“中へ通せ”と命じたらしいな」「肱川様(ヒジカワ) が人を屋敷に呼ぶなんて、初めて聞いたぞ」「……例のアレだろ。硫黄の匂い。」「徳川の耳に入れば即刻首、
想像力がないんだお館様は。」
「“統一はいらん”。」
関所の守の片方が、わざと仏頂面を作り、うつけたように言う。
囲炉裏の炭がパチ、と弾けた。「“世は二分にて治まる”。か……」
「“天下統一は焦げた絵餅”、だっけか」
「潔いっちゃ潔いが、正気じゃねえよな。」「お前はどうする。戦になるぞ。」そのときだった。木板の音が、コッと鳴る。番人の一人が目を見開き、
両の肩を捻る。振り返ると、すでに関所の端に荷を下ろした嘉麻戸七が、黙って囲炉裏の側に腰を下ろしていた。
何かを聞いていたのか、
いなかったのか
──表情は変わらない。
ただ焼き芋の包みを構えて、
もんっと頬張る。
「……え、今から向かうのかい?」
番人の一人が、驚きまじりに問う。
七は少し間を置いて、短く返した。「むん」
肯定の意はイモを通して発音される。
「もろりはわわい」
(戻りはわからない)
その蒸した芋は、夜食にと取り置いた当方の隠し玉。目につく所には置いてなかった。嘉麻戸は難なく巨岩のような配達物の塊を背負うと、挨拶も無く森に消えた。地図はいらないのだろうか。それに比べてー関守は相棒に落胆を覚える。あきれちまった。お館様。このうつけには想像力が有り余るようです。大岩を表情ひとつ落とさずに運ぶのだ。女手一人、歩荷人(ボッコニン)として生きてる。畏敬の念。一度話してみたい。しかしながらこのしようがない関所番はどうしたものか。正面に居れば、顔だけしか目に入らず。見送る際には、その後ろ姿ー
目線は、七の豊かな臀部の陰影を。今際の際のような目力で見納めしているではないか。
まもなく、日が暮れる。